「夜明け」が意味するものとは? ゲームとのシンクロが鮮やか過ぎる非の打ちどころ無いオープニング曲!
「街 ~運命の交差点~」オープニング曲
作詞作曲:鈴木結女
「街 ~運命の交差点~」のサントラに未収録である鈴木結女さんの楽曲を歌詞考察をしながらご紹介します。
なお、こちらの記事ではひとまず、オープニング曲の「夜明けのうた」のみを取り上げます。
※ エンディング曲「One And Only」につきましては、こちらの記事をご参照ください。
現在、これらの曲のCD音源の入手は難しくなっているようです。
鈴木結女さんのシングルCDは希少なものとなっているようです。
私は幸運にも10年前に「セガサターンヒストリー ヴォーカルコレクション」というアルバムに収録されているのを発見し、廃盤になっていなかったため、難なくCD音源を入手することができました。
こちらの方がまだ入手はし易そうですが、いずれにしても通常価格とはいかないようで、この素晴らしい曲が世に出回りにくい状況を残念に思っております。
曲の全体像
前奏のピアノからして印象的なのですが、夜明けの静寂や寒さ、幻想的な光景を感じさせます。
このような夜明けを感じさせる静かな曲調から始まり、徐々に力強さが伴って行きます。
こうしたことから、まるで夜明けから朝へと移ろって行くような時間の経過を曲中でも感じ取られます。
実際に歌詞を追って行きますと、その1番と2番では時間軸が異なっているのが分かります。
歌詞の特徴としては、独特な平仮名の用い方が印象的です。
平仮名にする理由が特に無さそうな個所が平仮名になっている部分が複数あります。
この曲に出てくる人物の若さだったり、もっと言えば幼さのようなものを個人的にはこうした表現から感じ取りました。
歌詞考察:1番メロ
行くあてのない 迷子のような瞳で 夜明けの空 見つめてる
渋谷という街で、この夜明けに空を見つめるような人というのは、なんだか様々な事情を抱えているように思います。
例えば”迷子”という歌詞からストレートに想像するのであれば、家出をして行く宛のない少年少女でしょうか。
あるいは、仕事だったり、追い掛けていた夢だったり、恋だったり、とにかく何かに行き詰ってしまっている人でしょうか。
鈴木結女さんは、そういう人々の姿を思い浮かべているのかもしれません。
この段階ではまだ分かりませんが、ある事情を抱えたこの曲の主人公が夜明けの空を見つめているのかもしれません。
動き始める 最初の戸惑いは 今新しい物語になる
この部分は渋谷のスクランブル交差点を想起させます。
交差点を様々な方向から一斉に人々が歩き始めるわけですが、その人波の中に飲み込まれそうで戸惑いを覚えるような心情を表しているかのように感じます。
そして、人と人とが交わることで新しい物語が生まれていくわけです。
もちろん、交差点というのは人が交わることを比喩的に用いているのだと思いますが、主人公キャラクターたちが時には交じりあいながら物語を生み出していく「街」というゲームを短い詞で美しく表現されているなと思いました。
歌詞考察:1番サビ
I gotta find my way 果てなき想いを 閉ざしてしまう事はない
全ては そう ここから
この部分では「人と人とが交わることで新しい物語が始まるのだから、想いを閉ざす必要はない。自分の道をみつけなきゃ!」というメッセージ性を感じさせます。
色んな世界に飛び込んで、色んな人と関わって、そこには答えが無かったとしても、その経験から未来が見えるようになり、自分の道というもの開いたりしていく。
だから投げやりになったり、悲観的になったりする必要はない!
私自身も一人の人間に人生を大きく変えられた経験がありますので、こんな風に解釈しました。
乾いたこの街にも 慈雨はふり注ぐ
Yes, it’s just like “LOVE” いつの日も
乾いた渋谷の街にも慈雨はそう、「愛」のようにいつの日もふり注ぐ。
「愛」というのは人から人へと注がれるものです。
なので、乾いた心も人と交わることで慈雨のような「愛」が注がれることもあるのだというメッセージ性を感じました。
やがて消えゆく最後の星のあとに 太陽がたちのぼる
夜明けの描写ですが、気になるのは”最後の星”という表現ですね。
冒頭部の”最初の戸惑い”とわざわざ関連付けているような感じがするので気になります。
ここもやはり、交差点のイメージでしょうか。
赤信号に変わり、交差点を人々が渡り終える。
人との交わりが終わったところで太陽がのぼる。
すなわち、自分の道が見付かることを夜明けに例えているのではないでしょうか。
歌詞考察:2番メロ
歩き始める この瞳に映るのは 探していた風の彩
1番の歌詞を受けて、2番では自分の道を歩き始めているのだと思います。
自分の道を歩き始めると、迷子のようにたた歩いていたのとは異なり、自分の想い描いていたような風景が現実として現れます。
例えばですが、いよいよ自分の道が見付かり、専門学校に通い始めたりすると、そこには同志が居たりするわけです。
歌詞考察:2番サビ
Can’t you feel my soul ?
大きな道を 歩き続ける人がいる 僕らももう1度
交差点ですれ違う人には、歩き始めたばかりの自分たちとは違って、既に大きな道を歩いている人が居るわけです。
そういう人に刺激を受けながら、挫折しながらも初心の魂のようなものを思い起こし、自分たちの道を歩き始めましょうというメッセージを感じます。
気になるのは”僕ら”と、急に複数人になったことです。
同じ道を歩む仲間のことなのか、道は異なってもそれぞれの”自分の道”を歩む仲間のことなのか、あるいは鈴木結女自身が入ってきたのか、ちょっと分かりかねます。
冷たいこの街にも 花は咲いている
Yes, it’s just like “LOVE” どこにでも
冷たい渋谷の街にも花はそう、「愛」のようにどこにでも咲いている。
現実問題、冷たい人間も多いのだけれど、自分に「愛」を向けてくれるような人もたくさん居ますよ、というメッセージ性を感じました。
歌詞考察:Cメロ
深い眠りの中で ずっと叫んでいる誰かの声気付いて
たどり着く扉はいつも同じ So, you’re only lonely one
ここは英語部分をどのように訳したら良いのかも分からないので、解釈は難しいです。
”深い眠り”というのは迷子のように行く宛なく歩いていたときの異なる表現の仕方で、ただすれ違ってしまっていたような人と交わって行くことの大切さみたいなものを表現しているように思います。
後半部分はおそらく「あなたの道はただ1つですよ、あなただけのものですよ」といった意味ではないでしょうか。
迷わず感じたままに進みましょう、といったエールにも思えます。
歌詞考察:大サビ
大きなこの橋を 渡り続ける人がいる 僕らもはじめから
冷たいこの街にも 花は咲いている
Yes, it’s just like “LOVE” どんな日も
次々と川を越えて向こう側へと歩み続けている人がいるので、僕らも初心を忘れずに、歩みを止めないで進んでいきましょう、という風に解釈しました。
そして、どんな日も「愛」を向けてくれるような人はいるので前向きに進みましょう、ということでしょうか。
遠い昔に聴いた愛のうたが 今 こころに響いてる
色々な人と交わり、時には愛を向けられる中で(熱心に優しく指導してくれるとか、そういう意味での「愛」だと思います)、昔聴いたメッセージソングの類が当時よりもより心に響くように感じている。
曲の終わりにこのような表現をするのが素敵だと思います。
実際、色々な経験をしていく中で同じ曲でも印象が変わったりしますので、私は若かりし頃に聴いていた曲を聴き返したりするのも好んでよくやります。
まとめ
「夜明けのうた」という曲は要するに「自分の道探し」の答えが出ることを「夜明け」と表現してそれを歌にしているのだと思います。
そして、そのためには様々な人と交わり、影響を受けたりしながら歩いていく必要があるのだということでしょう。
そういう風に捉えますと、1番の部分で「街」というゲームとリンクするような重要なメッセージは全て出ているように感じました。
そして、2番以降は怒涛のメッセージやエールといった形で若い人の背中をグイグイ押すような内容となっている印象です。
第一印象は曲調の雰囲気から「なんだか格好良い曲だな」なんて頓珍漢な印象を抱いておりましたが、聴き返してみますと意外とメッセージ性の強い曲なのだなと思いました。
しかし相反するようですが、一方では人々の迷いながらも自分の道を進んで行けるという力強さのようなものもこの曲から感じました。
非常に「街」のゲーム性や渋谷という街とのマッチング具合が濃いですし、「夜明け」という美しい表現や、メッセージ性の奥に感じる人々の力強さ、という部分も大変魅力的な曲だなと思いました。
鈴木結女さんが「街」というゲームを理解した上でこの曲を完成させてというのも見て取れる、ゲームのオープニング曲として非常に素晴らしい曲だと改めて感じさせられました。